[:ja]ベトナム旅行記(1)早速実現。ぜひベトナムで確かめたかったこと。タンソンニャット空港〜ベンタイン市場[:]

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2月17日早朝
JAL79便にてタンソンニャット国際空港に到着する。どことなく、さっきまで我々が滞在していた羽田空港に似ているな…などと思いながらアプローチを歩いていると、「この空港は日本国の協力によって建てられた」旨のことが書かれた石碑が目に入ってきた。なるほど、道理で。以後、行く先々のいたるところで日本のODAやら円借款で作られた橋や道路を目にすることになるが、インフラには作る国の思想が良くも悪くも色濃く宿るので、形から雰囲気から何から似てくるのだと思う。まるで日本に居るんじゃあるまいかとの錯覚を起こすほど似ている。あれ、空港、引き返した?というくらい日本日本していた空港だった。

入国審査をスムーズに終わらせ、いざ市街地へと向かうと言う段階で、早速ちょっとしたトラブルが発生する。宿泊予定のホテルが送迎タクシーを用意してくれている手はずであったが、なかなか見当たらない。どうにかこうにか、それらしい運転手を探し、手当たり次第に「1区のこの辺に行くのだけれど」と話しかける。「OK、OK、待ってたよ」と笑顔で我々を迎える運転手。相槌しながら我々の荷物を後部座席へと軽快にぶちこんでいく。いざ支払いという段階で名前が違うことが判明。彼がもつネームボードには「Mr.BYRON某」の字が踊る。おいおい、盛大に違うぞ。これはマズいパターンじゃないか。

ラチがあかないので普通のタクシーを捕まえ、市内に向かうことにする。「これに乗っておけば間違いない」と評判の「VINASUN TAXI」をキャッチし、一路ホーチミンシティ市街地を目指す。

午前7時頃に市内中心部へ到着をする。ホーチミン市1区ベンタイン・エリアだ。ホテルに荷物を預け、近くの「LAMENDA CAFE」へ。四つ角に面する落ち着いた雰囲気のカフェで、BGMのジャズが心地よい。開放的なテラス席もあるのだが、疲れと気温差ですっかりヤラレていた我々は、エアコンの効いたソファ席に陣取る。

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今回の滞在中、頻繁にお世話になったLAMENDA CAFE
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水分補給をする

続いてはベンタイン市場へ。買い物でもしながら時間をつぶすことにした。ベンタイン市場は、市内の中心にある巨大な市場で、観光客目当ての観光マーケットと言ってよい。周囲はラウンドアバウトで囲まれ、バイクの洪水が昼も夜も絶えず渦を巻く。

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ベンタイン市場(Chợ Bến Thành)

観光客向けではあるけれども、市民の台所的役割もしっかりと果たしているらしい。構内に入ってすぐ目の前に広がったのは、肉、魚、その他諸々の地元食材屋が立ち並ぶ一角である。

一歩足を踏み入れたその瞬間である。東南アジアの市場特有の、あらゆる匂いがミックスされた、濃厚な匂いが鼻腔内に充満してくる。牛肉、豚肉、ラム肉、その他不明の細かい肉、肉、肉。続くのはカニ、鱒、南方のみに生息すると思しき川魚など。カエルも売っている。もしかするとメコンデルタ産の食用ネズミなどもあったかもしれない。それにニョクマム(ベトナムの魚醤)が混ざり、悪臭一歩手前、されど絶妙に違う、おいしい匂いを漂わせている。

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肉、肉、肉、また肉。ブッチャーストリートである

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まとめ買いをするお客が多い。訪れたのは7時過ぎということで、市民の台所であって云々というよりも、飲食店からの仕入れのお客さんが多かったように思われる。こういう風景は万国共通なのだ。

熱気がこもった市場の空気を震わせているのは100パーセント、ベトナム語。たぶん南部訛り。ベトナム語は、柔和で可愛げのある響きをする。心地よい。外国に来たこと実感するのは、こういう瞬間だと思う。

「お兄さんお兄さん」と流暢な日本語で駆け寄ってくるお姉さま、おばさま方の熱烈歓迎攻勢を軽やかに吟味しながら奥へ奥へと突き進んでいく。この市場は、どうやら漠然とながら商品ごとにお店がカテゴリー分けされているようである。雑貨、服、時計、などなど。カオスなのだが、妙な秩序を感じる。「お兄さん、ここ、なんでも、ある!」と自信満々な顔で日本語を繰り出し、タコのように私の腕に抱きついてくるお姉さんは正しい。本当になんでもありそう。まったく嘘を言っていない。

お兄さんイケメンねー。そうかい?ありがとう、などと囁きの応酬をし合いつつ、代わる代わる別のお姉さん方と一緒に徘徊する。Tシャツを買ったり買わなかったりする。

ところで、外国を訪れた観光客がまず慣れねばならないのは、通貨である。ベトナムの通貨は「ベトナム・ドン(VND)」だ。ベトナムでは紙幣のみが流通しており、硬貨は事実上存在していない。紙幣でまかないきれない細かいやり取りには、現物で行われることもあるらしい。このあたりに急激な経済成長の背景をみる。通貨について考えるきっかけにもなるので、市場は面白い。

例をあげると「ビール1本15,000VND」というのがベトナムの通貨感である。深夜便で到着したばかり、ナチュラル・ハイの頭も相まって、いざ出す際に実感が湧かない。15,000!!と躊躇してしまう。日本円に換算すると約80円なのだがネ。

 

チョーヨーイ

さて、突然だが、わたしには、ベトナムで是非とも確かめてみたかったことがある。わたしは10代の頃から開高健を愛好しており、とくに「ベトナム戦記」には衝撃を受けた。作中に不思議と頭から離れない箇所がある。

“ホテルの食堂ではベトナム人の給仕頭がいやらしいくらいたくみなフランス語を話し、サイゴンからきた金持どもがKintamaの皺をのうのうとのばして太鼓腹をそりかえらせて食事していた。着飾った才槌頭やビリケン頭の息子、娘などを脂でにごった魚みたいな眼で満足げに見やりつつ、フランス産のぶどう酒を飲み、蒸した蟹や鱒などをいやいやつついていた。「……チョーヨーイだな」「チョーヨーイだよ」「ほんとにチョーヨーイだね」「まったくだ」「チョーヨーイだよ」私と秋元キャパはアルジェ産のまずい赤ぶどう酒をすすりつつ、こそこそといいかわした。これはベトナム語の〝ニチェヴォ〟であり、〝没法子〟である。腹がたったとき、どうしようもないとき、しくじったとき、こんちきしょうといいたいとき、ああ、ヤレヤレと嘆息をつきたいときにベトナム人がもらす言葉である。フッと肩で吐息をついて、〝チョー〟とのばし、〝ヨーイ〟と口のなかでつぶやくと、みごとに感じがでる。これくらいいまのベトナム人の気持を代表する言葉はない。すべてがこの一語にこもっている。絶望、憎悪、舌うち、呪い、悲痛、すべて言葉になろうとしてなりきれぬまま口のなかにおしもどされる言葉が、この吐息まじりの一語にこもっているのである。あらゆる瞬間に使える言葉なのである。”『開高 健 電子全集7 小説家の一生を決定づけたベトナム戦争』(開高健 著) より

チョーヨーイ。

一度聞いたら一撃で覚えられそうな、どことなく可愛いげのある…それでいて哀愁漂うフレーズではなかろうか。はじめて読んだとき、しばらく頭に焼き付いて離れなかった。

ちなみに、この言葉と似た言葉を無理やりご紹介したい。わたしが暮らす新潟という土地には「やいーっや」という美しい感嘆詞が存在する。少々乱暴かもしれないが、チョーヨーイと似たような意味を持つ言葉と言ってよいと思う。あらゆる瞬間に使えるユニバーサル・フレーズである。とりあえずコレ言っとけば間違いないという。中年以上の新潟ネイティヴは、頻繁に繰り出す。もし新潟を訪れた際は、ぜひ一度使ってみていただきたい。天気が悪い日にバス停で新潟人と一緒になったときなどに呟いてみてほしい。グッと距離が縮まるはずだ。

地元の方とコミュニケーションをとるには、その土地で脈々と伝わる言葉を使うに限ると思う。イギリスの「Bloody Hell(ちきしょう、なんてこったい)」しかり、台湾南部の「歹勢(パイセー、ちょっとすんまへん)」しかり。ちょっとばかり汚い言葉であることも望ましいと思う。ぶん殴られたらそれまでであるが、2017年現在、その経験は無い。

閑話休題。ベトナムの人たちは果たしてこの美しき言葉を使うのか?というのを、ぜひ調べてみたかったいうのが動機だったのだ。上記のとおり、愛する郷土の感嘆詞と似ているとの勝手な思い込みもあり、絶対に確かめてみたいことであった。

巨匠が訪れたのは戦時下で、わたしがいま居るのは年率約7パーセントもの成長率を叩き出す高度経済成長中の国。まったく真逆とも言うべき状況下だが、果たして。

あらゆる人々のるつぼ、ゴッタ煮、闇鍋と化す市場は金銭取引だけでなく雑多なコミュニケーションをも加速する。言葉が通じようが通じまいが、濃厚なやり取りが交わされるに違いないと思ったわたしは、ベンタイン市場でさっそく取材を敢行する。つれない客に、吐息のように漏らす人なんかもいるんじゃないかしら。

が、しかしである。なかなか出てこない。誰も彼も、言わない。あれ。

そうか、やはり戦争中特有のフレーズであったのだ、それはそれで全然良いことじゃないかと勝手に納得をしてしまう。

しかしだ。ここで引き下がっては男が廃る(?)と思い、自分で言ってみることにした。チョーイヨーイ。

その機会はすぐに訪れる。試しに数本、ホテルで飲む用の水分(ビール)を買うことにしたので、ビール売り場のおばちゃんに話しかける。案の定なのか、想像をはるかに超えた、という表現がいいのか。どちらが適切かはわからない…絶妙に出しにくい金額を提示しなさるではないか。やいーっや、参ったな、おばちゃんよ(哀)。

気を取り直し、巨匠のアドバイスを忠実に守り「フッと肩で吐息をついて、〝チョー〟とのばし、〝ヨーイ〟と口のなかでつぶやく」と、見事に通じた模様で、爆笑されてしまった。バンバンわたしの背中を叩いている。「しょうがないねえ」とばかりに、なんと1本オマケしてくれるではないか。しかも、相当ディスカウントしてくれているとみえる。まあ、それでも他の店に比べると割高だったが、とやかく言うのは野暮ってもんでしょう。

シンチャオ(ありがとう)と言い、笑顔のおばちゃんにケツを叩かれた後、ぬるいビールを3+1本、バッグに仕舞う。

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今回の旅は、開高健の足跡を辿るという目的もある。初日の出だしとしては上々である…ということにしよう。

さて、気がつけば昼だ。次の目当て、フォーでも食べよう。通りの反対側には、いかにも美味そうなお店が待ち構えていたのだから。(続く)

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