我が名はジュンペイウス・タケヤトゥス・ニイガタヌス。在野の歴史家として活動している。
人間社会、とくに現代における諸問題の大もとを辿れば、ギリシャにゆきつくのだ。
なぜなら、ここ200年ほど世界を動かしてきた西洋文明の源泉は、古代ギリシャにあったのだから。
その古代ギリシャで、人類は大抵のことをやりきっているのだ!!!
興奮してしまいましたが、半分冗談で、半分本気です。
興奮の原因は、ある映画です。
クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』を観てきました。いわずもがな、原作は古代ギリシャの叙事詩です。
しかも、運良くIMAXで観ることができました。新潟でも観れるんです(イオンシネマ新潟亀田インターさん、本当にありがとうございます)。
さて、歴史家ということは、つまるところ、オタクです。
歴史を語るには、最新の技術についても語らねばならないと考えています。
というわけで(?)今回は、IMAXについて。
ネタバレは無いように努めましたが、デリケートな方はご遠慮いただいたほうがいいかもしれません。
また、鑑賞時にパンフレットが完売していたため、まだオフィシャルなまとまった文章が読めていません。現時点でかき集めた情報がベースとなっていますので、今後、改編を行う可能性が大いにあります。
IMAX
IMAXとは何なのか?
「EVERY FRAME IN IMAX(本作は、全編IMAXフィルム撮影にて制作されています)」。
本作の広告文には、大々的にこの一文が添えられています。
まず、IMAXとは何なのか?という話から。
多くの人にとってIMAXは「最近、近所の映画館に出来たあの馬鹿でかいスクリーン」、つまり上映方式の名前だと認識されている方が多いかと思います。でも、IMAXにはもう一つ、撮影機材としての顔があります。今回の「史上初」はそちらの話です。
その撮影用IMAXも、さらに2種類に分かれます。デジタルとフィルム。近年「IMAXで撮影」とうたう作品の多くはデジタルのほうで、『オデュッセイア』が使ったのは後者、実物のフィルムを回す機材です。
このフィルムがとにかくバカみたいに大きい。ふつうの映画用フィルムは1コマが切手ほどのサイズですが、IMAX用はその約10倍、名刺くらいの面積があります。しかも通常のフィルムが縦に流れるのに対し、IMAXは横向きに走らせることで1コマの幅を稼いでいます。フィルムを縦に流すと、1コマの横幅はフィルムの幅より大きくできません。かといって縦に引き伸ばせば、スクリーンに合わない縦長のコマになる。そこでIMAXはフィルムごと90度倒し、横に走らせた。こうすると、コマの幅を好きなだけ長く取れるのです。
また、面積が大きいことにより、撮影できる情報量が桁違いなので、巨大スクリーンに引き伸ばしても粒子が荒れないという利点があります。一般的に、カメラのフィルムやセンサー素子を小さくすると、ノイズが乗りやすい(=粒子が荒れる)という特徴があります。この映像機材特有の弱点を物理面でカバーする(=デカくしてしまう)ということです。
ただし大きいものには代償があります。カメラは重く、うるさく、フィルムはすぐ尽きる。だからこれまでの映画は、この機材を戦闘シーンや大自然など「ここぞ」という場面だけに投入し、残りは別のカメラで撮っていました。『オデュッセイア』は、その使い分けをやめた史上初の長編です。172分、全カットが同じ巨大フィルムで撮られているのです。
しかも、凄まじいのが、多くのシーンを撮影者自らが身体で抱えて撮影していることです。ホイテ・ヴァン・ホイテマは『TENET』以来IMAXをハンドヘルド(手持ちまたは肩)で担いでいること、群衆シーンではノーラン自身が機材を支えていたとか、「泥臭くてとても21世紀の撮影には思えないんだけど!」と思ってしまうような逸話に事欠きません。
なので、私などは「本作における最重要ファクターは、ホイテ氏の身体性だったのではないか」とすら思ってしまいます。
ついでに書いておくと、ノーラン組のこの「泥臭い現場仕事」感がとても好きだったりします。
フィジカルの大切さを説く動画を散見する。それほどきつかったはずである笑。ホイテ氏も整体や鍼灸に通ったのだろうか…と思ってしまった。
なぜ不可能だったのか——画質ではなく物理的問題
では、なぜ今まで不可能だったのでしょうか?
最大の障害は音でした。とにかく騒音が凄まじいのです。巨大なフィルムが毎秒1.7メートルほどの速度で横向きにゲートを通過する際に、その搬送機構が凄まじい音を出すのですが、この轟音を撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマは「壊れた芝刈り機」に喩えています。いかに高性能の指向性マイクやラベリアマイク(ピンマイク)を使おうが、同時録音の芝居など論外。ゆえにIMAXは長らく「戦闘シーンと宇宙と大自然のための機材」でした。台詞を長々と語るシーンには適さないとされてきたので、本作のような歴史ドラマで使われると聞いた全世界の撮影マニア(私含む)は「いやいや、本当にできるの?」「どうやって役者を撮るの?」と思ったのでした。
もう一つが「尺」です。1000フィートのマガジンは24fpsで撮影した場合、約3分で尽きる計算になるといいます。テレマコス役のトム・ホランドは撮影初日、あまりにも早く「カット」がかかるので「もしやノーランに嫌われたのかも」と悩んだそうですが、実際は、単にフィルムが切れていただけでした。こういうコントみたいな裏話が生まれたのも、3分しか撮れないIMAXの魅力と言えるかも。
何を作ったか
さて、ここで、なんでこんな面倒な撮影機材を採用したのか?というお話を。
ノーランは映画少年がそのまま大きくなったような人物であると思います。
撮影技法にも徹底的にこだわることで知られていて、現代版スタンリー・キューブリックと評する人もいます。
作風や制作アプローチもそうですが、撮影機材に異常なまでのこだわりを見せるのがこの2人の巨匠の最大の共通点だと思います。
ノーランがIMAXのCEOに「問題を解決してくれるなら100%IMAXで撮る」と電話をかけたのが発端だったのだとか。そこで出てきたのが『Keighley(キーリー)1』という新型機。外見は従来機に似ていますが、中身は全面再設計された新型カメラで、実績のあるフィルム搬送機構だけは温存しつつ、カーボンファイバーの多層ボディ、パナビジョン製の新型ファインダー、4Kのビデオタップ、Wi-FiやUSB-Cまで載っています。 いわばハイローミックス(枯れた機構と最新技術の折衷)の撮影機材なのです。
ノーランが懸念していた「問題」というのが、音でした。
IMAXカメラは、凄まじい騒音を発するのです。
ただし、ここが面白いところですが、静音化はIMAX公称で30%、ホイテマの体感では15〜20%。彼の言い方だと「壊れた芝刈り機」が「よく油をさしたミシン」になった程度。静かにはなったが無音にはなりませんでした。
普通はここで「仕方がないか」となるのでしょうが、ノーランおよびノーラン組は、諦めませんでした。
そこで登場したのがブリンプ(防音筐体)です。重量は装備込みで130〜140キロ級、鉄板で補強したドリーと6人以上の専任クルーが要る代物。マット・デイモンはこれを顔の横で回されるのを「ミキサーのようだ」と言い、ロバート・パティンソンは「SUVの隣で芝居するようだ」と表現しています。
さらに、図体の大きい撮影機材ゆえの副産物の問題も生じます。防音箱が役者同士の間に壁として立ちはだかり、画角的限界のせいで役者と目線が合わなくなります。解決策は驚くほどアナログで、ブリンプに2枚鏡のペリスコープを取り付け、鏡越しに視線を通したのです。いわば19世紀の潜望鏡の原理で、2億5000万ドルの超大作を成立させたわけです。
この「素晴らしい現場対応力の賜物」なのか「最初から壮大なる無駄を繰り広げているだけ」なのか、いったいどっちなのかわからなくなる所業に、ロマンを感じるのは私だけでしょうか。
で、何がすごいのか
技術より、IMAXの用途が変わったことです。これまで大判は「大きいものを大きく撮る」ための道具でした。今回それが囁き声と顔のための道具になった。ノーラン曰く、役者の顔から30センチのところで撮りながら、囁きが使える音として録れる。映像スペクタクルの(視覚的な)解像度ではなく「俳優と観客の親密さの解像度が上がったこと」。これが本質だと思います。実際に人間の目で見たような映像と音を作り出すことができるのです。
アメリカでは日本に先駆けて7月に公開されていますが、観た人が「まるで目の前で俳優が演技しているようだった」と、感想を語る人がいました。さらには「オデュッセウスと同じ船に乗っているかのようだった」「”隣で”一緒に冒険している気分だった」といった声も。それほどまでに、観客と映像と音が近づいたのです。
その代償も。「上映できる設備の整った映画館が少ない」のです。本来の1.43:1で上映できる劇場は世界に41館だけ。しかも、特殊すぎるフィルムゆえに、現像できる場所も限られるのです2。
ちなみに日本での1.43:1上映は、池袋のグランドシネマサンシャインなど、ごく限られた館です。
私は9月10日現在、通常の映画館(試写会)とIMAXレーザー(IMAX事前公開)で観ているのですが、この2つでも明確な違いを感じました。
…なのですが、池袋でなんとか観たいものだなと思っています。
チケットが取れれば…笑
- Keighleyという名は、実在の人名から来ている。
デイヴィッド・キーリー。IMAXで53年間、品質管理の責任者を務めた人物である。彼が仕上げを監督したIMAX作品は約500本にのぼる。本作の撮影開始の直前、彼は末期がんの診断を受けた。それでも妻のパトリシアとともに、この映画のデイリー(その日の撮影分の映像)に目を通し、承認している。2025年8月、77歳で亡くなった。
ノーランはロンドンでのプレミアで、本作を彼に捧げた。新型カメラの開発が始まったのは2022年である。コダック、パナビジョン、FotoKemが協力し、ノーランとジョーダン・ピールが仕様に助言した。 ↩︎ - 現像は世界で唯一70mmプリントを作れる設備と技術をもつバーバンクのFotoKemが一手に引き受け、消費した65mmフィルムは200万フィート超。そもそもフィルム産業は残念ながら斜陽で、デジタル撮影技術の発展に伴い需要は大幅に減り、それに伴い工場が減ったことによって生産数は落ち、フィルム1枚あたりの単価が高くなっている。史上最も進んだ撮影が、産業としては薄氷の上に立っているという矛盾があるのだが、現代社会の歪さを表しているわけではなく、単純にノーランが特殊すぎるだけなのかもしれない。笑 ↩︎
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