いつまでも平和があると思うな

Unsplash Wulan Sari

春のお彼岸ということで、ご先祖に思いを馳せている。

ご先祖に、といっても、正直ピンとこない自分がいる。

なぜならば、会ったことがないからだ。

曽祖父は、私が2歳ごろのときに亡くなった。

私の最も近い先祖は、祖父だ。祖父の記憶しかない。

この時期になると、祖父と交わした旅行の話を思い出す。

いわゆる春休みになると、私は外国に出掛けてはアテもなく彷徨う日々を過ごしていた。

そのためにアルバイトをしていたようなものだった。

しかし、当初は、まったく海外に興味がなかった。

「海外旅行に行くのは老後でいい。そもそも海外にあまり興味がない」などと言っていたのだった。

考え方が180度変わるきっかけとなったのは、祖父のひとことだった。

「旅は老後でいい」。そのようなことを話すと、「いつまでも平和があると思うな」「円高などいつまでも続かぬ」「いつかは米国すら行けなくなるかもしれない」などと諭されたのだった。

昨今の世界情勢を鑑みると、祖父の言葉はことごとく正しかったのだと思わされる。

しかし、聞いた当時はピンとこなかった。

祖父は大正15年の生まれだ。

その頃は、日米関係は比較的良好で安定していた。

第一次世界大戦(1914~1918年)では日本は連合国側で参戦し、アメリカとは同盟国として協調関係を築いていた。特に1920年代は、ワシントン会議(1921~22年)によって、日米英仏などの主要国が軍縮を合意し、いわゆる「ワシントン体制」と呼ばれる協調外交が成立。日本もこの体制下で、アメリカやイギリスと外交的に協調路線を取っていたのだった。

しかし、この協調体制も徐々にほころびが見え始め、日本の中国大陸における権益拡大の動きや移民問題などで、アメリカ側との利害対立や摩擦も少しずつ生じつつあった。

とはいえ、大正15年当時の一般的な日米関係としては、後に訪れる1940年代のような敵対的な緊張状態にはまだ至っておらず、比較的良好な「協調的外交」が続いていた時期だったのだ。

国内に視線を転ずると、当時の日本は、まさに「大正ロマン」と呼ばれる文化が花開いた時期であり、西洋的な自由主義や民主主義の思想が浸透するとともに、和洋折衷のファッションや建築、文学・芸術などが非常に盛んであったといわれる。その頃の銀座の写真を見たことがあるが、英語の看板や幟がまちのそこここに掲げられていた。むしろ親米といってもいいくらいの空気感だったのではないかと思う。

そこから「鬼畜米英」まで、わずか10数年。

これを考える時、いつも寒気を感じる。

佐渡出身の祖父は、苦学して商船学校に入った。卒業後は半ば自動的に海軍に入り、自動的に機関科の士官に任官。輸送艦隊に配属された。折しもその頃は太平洋戦争(大東亜戦争)が末期に差し掛かり、本土空襲の気配が漂いはじめた時期だった。開戦当初の古参の士官たちの多くが失われていた。輸送艦も多くが沈められ、かき集められた商船、それも日露戦争時時代から使っているような冗談みたいな船を引っ張り出して大陸へと接続させようとしていた。しかし、日本近海に出現した米英の潜水艦部隊により、片端から沈められていった。辛くも大陸から物資を積載し、内地へと命からがら戻ってきたと思えば、艦載機による壮絶な攻撃にさらされ、大日本帝国の動脈瘤たる海上輸送は完全に麻痺してしまった。

この歴史的事実を、祖父は現場で当事者として過ごしていたのだった。忍び寄る魚雷の恐怖、20mm機関砲で粉微塵に消し飛んだ仲間、苦労して勉学に励んだのに、最終的に海上特攻兵器に乗せられる馬鹿らしさ。そうしたことを、祖父たちはわずかな期間で体験した。

こうした体験が、祖父たちの世代をリアリストに変えた。

圧倒的な「リアル」を語る祖父の話なら間違いない。そう信じた私は、外国へと足を運び、自分なりに見聞を広めて歩いた。

「そうした旅の経験が、おまえさんに何をもたらしたのか?」と問われると、即答できない自分がいる。

しかし、ひとつだけ実感していることがある。

もしあの時、外国に足を運ぼうという選択をしなかったら、果たしてどうなっていたか。

妙な陰謀論に絡め取られたり、外国人排斥運動に身を投じていたかもしれない。尊皇攘夷などと叫んでいたかもしれない。

おそらく、狭い視野で米国を憎んだままだっただろう。

また、旅を通じて見た異国の風景、その中に今も祖父の言葉が生きていると感じる。

最近は「新しい戦前」と言われているらしい。

これから数年のうちに、まったく世界へと足を運ぶことのできなくなるような世の中になってしまうかもしれない。

今こそ祖父の見解を聞きたいが、もはやこの世にはいない。

今こそ、自らの経験を知恵と混ぜ合わせて、困難に立ち向かっていくべきであると感じている。

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