私の先祖もノマド。それもガチ・ノマドかもしれない
ノマドってなんなのだ
ノマド。
「スタバでMacBookを開いてドヤる人々」。すっかりそんな、揶揄まじりの手垢がついた言葉になってしまった印象がある。日本でこの語が広まったのは2010年前後、佐々木俊尚『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社新書、2009年)あたりからだろう1。「ノマドワーキング」はやがてブームになった。そしてブームの常として、ほどなく冷笑の対象にもなった。
「いやー、竹谷さんって『ノマド』ってやつっすね!」とカジュアルに言われるたびに、何度反論したくなったかわからない。こちらは新潟の実家で、だいたい同じ机に向かっているのである。
しかし本来、ノマドは時代の趨勢を鋭く捉えた概念だったはずだ。
辞書をひけば、ノマドは「遊牧民」を指す。転じて、定住しない人や放浪者という意味にもなる。語源をさかのぼると、ギリシア語のノマス(nomas)、つまり「牧草地を求めて移動する者」に行き着く。その根にあるのは、「分ける・配る」「放牧する」を意味する動詞ネメイン(nemein)だ2。
水と草を求めて乾いた大地を移動し、家畜を養い、ときには狩りもする。モンゴルをはじめとするユーラシアの騎馬民族がその代表格である。
家財道具一式を馬や駱駝に積んで移動し、テントで暮らす。その生活が過酷であることは想像に難くない。そして、そうした移動の暮らしからは、移動する民ならではの哲学が醸成されていたはずである。
この言葉に思想としての重みを与えたのが、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリだ。二人は『千のプラトー』(1980年)の一章「遊牧論あるいは戦争機械」で、ノマドを国家の論理に回収されない生のあり方として描いた3。
国家は空間に線を引き、区画し、測量し、税を取る。二人はこれを「条里空間」と呼んだ。これに対してノマドが生きるのは、境界のない砂漠や草原や海のような「平滑空間」である4。ギリシア語のノモスはもともと、こうした囲いのない土地に家畜を「配る」ことを意味していた5。城壁で囲い込むポリス(都市国家)とは正反対の、空間との付き合い方である。
面白いのは、ドゥルーズらが歴史家トインビー6を引きながら、「遊牧民とはむしろ動かない者である」と述べていることだ。遊牧民は土地を捨てて逃げ回るわけではない。痩せた草原にしがみつき、そこに留まり続けるためにこそ移動する。ノマドの本質は、移動した距離にはない。囲い込まれないことにある。
もう一人、ジャック・アタリ7も挙げておきたい。ミッテラン大統領の補佐官を務め、欧州復興開発銀行の初代総裁にもなった経済学者である。アタリは『L’Homme nomade(ノマドの人間)』(2003年)で、人類史の大半は遊牧の歴史であり、定住などせいぜいこの一万年ほどの「例外」にすぎないと説いた。さらに『21世紀の歴史』(2006年、邦訳は作品社)では、世界が三つに分かれていく未来を描いている。国境を越えて富と才能を独占する「超ノマド」、生き延びるために移動を強いられる「下層ノマド」、そして定住したまま画面越しに移動を疑似体験する「ヴァーチャル・ノマド」である8。
スタバのMacBookは、せいぜいヴァーチャル・ノマドの末席であろう。
こう考えると、ノマドとはもっとこう、厳かなる存在であり、概念なのではないか。
ノマディズム。そういうものがあるのではないか。
祖先の面影
どうやら、私の先祖はノマドらしい。
私の家系は、母方も父方も、二代さかのぼれば佐渡に行き着く。そして佐渡には、半農半漁、あるいは半農半猟で暮らしてきた人々がいた。
佐渡には国中平野9があり、島としては珍しいほど米作りの適地に恵まれている。しかし沿岸部や中山間地の暮らしは厳しかった。土地が限られるのだ。そこで人々は船を出して漁をし、山を切り開いて田畑をつくった。
ここで思い出すのが、歴史家・網野善彦10の議論である。網野は、「百姓」とは本来「農民」の意味ではなかったと繰り返し説いた。漁も、製塩も、廻船も、商いも、手仕事もこなす多様な生業の民を指していたのだという。とりわけ日本海の島々や浦々に暮らす民は、陸の田畑だけでは捉えきれない「海民」11の顔を持っていた。私が自分を「ハイパー百姓」などと称してきたのも、要するにこの話とつながっている。
それに、海上交通網は我々の想像以上に発達していた。江戸時代、佐渡の小木や宿根木12は北前船13の寄港地として、また船乗りや船大工の村として栄え、上方や蝦夷地との間を物も人も情報も行き交った。佐渡金山14には、全国から山師や職人が流れ込んだ。島は閉じた世界ではなく、むしろ海という平滑空間に開かれた結節点だったのである。
島の中であっても、陸路のほうがかえって交通や連絡に難儀する場所すらあった。彼らにとって海は隔てるものではなく、つなぐものだったのだ。
ただし、佐渡の冬は厳しい。平地の雪はそれほど多くないものの、冬の季節風で海はたびたび大時化に見舞われ、島は文字どおりの孤島と化す。
余談だが、この海の隔たりを縮めることに一役買ったのが、私の祖父だったと聞いている。佐渡航路にジェットフォイル15を導入する際、交渉や整備体制づくり、人材育成に奔走したらしい。さらに、時化に強い大型船の建造も推進していた。いま考えると「移動」に執心していたようなフシがある気がしないでもない。
祖父といえば、もうひとつ思い出すことがある。大正生まれの祖父は大変な読書家だったはずなのに、家には本がほとんどなかった。読んだものは、すべて身体に収めてしまっていたのだ。モノを所有せず、必要なものは身ひとつに携えて運ぶ。これもまた、ノマドの作法ではあるまいか。
こうしたことを考えると、私の先祖には、ノマド的な気質を持つ者が少なからずいたのではないかと想像してしまうのである。
遺伝子解析による、先祖との邂逅
さらに先祖をたどると、もっとガチなノマドに行き着く。……かもしれない。
DNAを調べてもらったのだ。十年ほど前から遺伝子解析は民生レベルにまで浸透し、さまざまなサービスが生まれた。私が利用したのは、たしか二万円くらいのものだったと思う。
ミトコンドリアDNAは、母から子へほぼそのまま受け継がれる。その変異のパターンで人類を系統ごとに分類したものが「ハプログループ」だ16。これを調べると、母方の祖先集団がどこで生まれ、どんな経路をたどってきたのかを、ある程度まで推測できる。
どの系統だったのかを、ここで正確に記すことはできない。ただ、結果を読んだときの印象ははっきり覚えている。バリバリの海洋民族グループに属していた模様なのだった。私の母方の祖先は、狩猟採集系の集団だった可能性が高い17。そういう内容だった。
要するに、どうやらハンターの血が流れているらしいのだ。
これによって、私は大いなる安心を得た。
「あ、そうなんだ」という安心である。農耕定住民的な生き方が向いていないのは、たぶん私の怠慢ではない。血のせいなのだ。
……と、ここまで書いて気づいたのだが、私は今年から米作りを始めている。ハンターの末裔が田んぼに立っているわけだ。遺伝子の囁きに逆らっているのか。それとも網野のいう百姓の本領、つまり一つの生業に縛られないことを地でいっているのか。後者ということにしておきたい。
祖先たちがどのようにして佐渡という島に行き着いたのか、知る術はない。しかし、アフリカを出て、大陸を渡り、海を越えたグレートジャーニー18の果てに、彼らが何らかのノマディズムを身体に刻んできたことは確かなのではないかと思っている。
動かないノマド
もっとも、「遺伝子が〜」と書きすぎると、血統主義者のように思われかねない。ハプログループは、母方のたった一本の系譜をたどる目印にすぎない。何千、何万といる先祖のうちのほんの一筋を指しているだけで、性格や生き方を決めるものではまったくない。だからこれは科学の話ではなく、私が自分に語って聞かせる物語の話である。
それでも、物語には効能がある。
ドゥルーズとガタリが言ったように、ノマドとは動き回る者ではなく、囲い込まれない者のことだ。新潟の実家に住み、海まで歩いて行ける場所で、取材をし、書き、録り、田んぼに立つ。一つの職能にも、一つの組織にも、一つの肩書にも囲い込まれずに生きる。だとすれば、それは私がこれまで「ハイパー百姓」と呼んできたものと、ほとんど同じ姿をしている。アタリの「超ノマド」が世界を飛び回るエリートだとすれば、こちらは一歩も動かない超ノマドである。
スタバでMacを開くことがノマドなのではない。囲いの外で生きようとする構えのことを、ノマディズムと呼ぶのだ。
……などと書いているあいだにも、AIの進化はとどまるところを知らない。十年後には、後頭部にプラグを挿した人間が闊歩し、DNAまでハッキングされる時代になっているかもしれない。そのとき囲い込まれる19のは、土地ではなく私たちの身体そのものだろう。映画『マトリックス』よろしく、電脳農場で電池として収穫されるようになるのかもしれない。それは嫌だ。嫌すぎる。肉体がなくなり電脳世界に溶けていく未来にもピンとこない。
「ノマドは身体性の極み」とも言えないだろうか。ノマドはとにかく歩く。移動する。とくに「歩く」という行為は、人間の身体が喜ぶようにできているとさえ思うのだ。そう考えると、肉体の大切さがいっそう輝き出すような思いがする。
肉体があるうちは、身体を動かしまくり、いろいろなところへと移動していきたい。
脚注
脚注作成および文責はすべて筆者。
- ノマドワーキング:カフェやコワーキングスペースなど、オフィスに縛られない場所で働くスタイルのこと。ジャーナリストの佐々木俊尚が前掲書で紹介して広まり、2012年前後にはメディアで「ノマドブーム」と呼ばれた。一方で、「意識の高い働き方」の象徴として揶揄される対象にもなった。 ↩︎
- ノマスとネメイン:ネメイン(νέμειν)は「分配する」「割り当てる」という意味の動詞で、そこから「家畜に牧草地を割り当てる=放牧する」という意味が派生した。「法・慣習」を意味するノモス(νόμος)も同じ語根から出ている。英語のnomad、フランス語のnomadeはいずれもここに由来する。 ↩︎
- ジル・ドゥルーズ(1925–1995)とフェリックス・ガタリ(1930–1992):ドゥルーズは20世紀フランスを代表する哲学者で、ガタリは精神分析家・活動家。共著『アンチ・オイディプス』(1972年)と『千のプラトー』(1980年)は「資本主義と分裂症」二部作と呼ばれる。『千のプラトー』の邦訳は河出書房新社刊(宇野邦一ほか訳)で、河出文庫版もある。 ↩︎
- 条里空間/平滑空間:原語はespace strié(筋をつけられた空間)とespace lisse(なめらかな空間)。条里空間は、区画や道路網、所有の境界によって分割・計測された空間を指す。平滑空間は、方向や強度によってのみ経験される、区切りのない空間を指す。「条里」は、古代日本の土地区画である条里制から取られた訳語である。 ↩︎
- ノモス:ドゥルーズらは、ノモスを本来「囲いのない土地に家畜を散らばらせる配分の仕方」として捉え直した。これを、城壁と法によって内と外を区切るポリスの論理と対置している。なお一般的な辞書では、ノモスは「法」「慣習」と訳されることが多い。 ↩︎
- アーノルド・J・トインビー(1889–1975):イギリスの歴史家。主著『歴史の研究』で、文明の興亡を「挑戦と応戦」の図式で論じた。遊牧民については、過酷な環境に適応しきったために、かえってそこから動けなくなった民として論じている。 ↩︎
- ジャック・アタリ(1943– ):アルジェリア生まれのフランスの経済学者・思想家。1981年から1991年まで、ミッテラン大統領の特別補佐官を務めた。1991年には、冷戦後の東欧支援のために設立された欧州復興開発銀行(EBRD)の初代総裁に就任している。著作は経済、歴史、音楽論(『ノイズ』)など多岐にわたる。 ↩︎
- 超ノマド/下層ノマド/ヴァーチャル・ノマド:アタリが『21世紀の歴史』で示した未来社会の階層。超ノマドは、グローバルに移動する経営者、投資家、クリエイターなどのエリート層を指す。下層ノマドは、難民や出稼ぎ労働者のように、生存のために移動を余儀なくされる人々を指す。ヴァーチャル・ノマドは、定住しながら通信やエンターテインメントを通じて移動を疑似体験する中間層を指す。 ↩︎
- 国中平野(くになかへいや):佐渡島の北の大佐渡山地と南の小佐渡山地にはさまれた、島最大の平野。佐渡の米どころで、国府や国分寺が置かれた古代以来の政治・文化の中心地でもある。 ↩︎
- 網野善彦(1928–2004):日本中世史の研究者。農業中心の「稲作国家」像を問い直し、海民、職人、芸能民、商人など、非農業民の役割に光を当てた。一般向けの代表作に『日本の歴史をよみなおす』(ちくま学芸文庫)がある。 ↩︎
- 海民:網野が用いた概念で、漁労、製塩、海上輸送、交易など、海を生業の場とする人々を指す。網野は、日本列島を「島国=閉ざされた国」と見る通念を批判し、海を通じた列島内外の交流の豊かさを強調した。 ↩︎
- 宿根木(しゅくねぎ):佐渡南西部、小木半島にある集落。江戸後期から明治にかけて、北前船の船主、船大工、水主(かこ:船乗り)が暮らす廻船業の拠点として栄えた。狭い入り江に板張りの家屋が密集する町並みが残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。 ↩︎
- 北前船:江戸中期から明治にかけて、大坂と蝦夷地(北海道)を日本海回りで結んだ商船群。運賃で稼ぐのではなく、寄港地で荷を買い、別の港で売る「買積み」が特徴で、「動く総合商社」とも呼ばれる。米、塩、木綿、昆布、鰊粕などを運び、各地の文化の伝播にも大きな役割を果たした。 ↩︎
- 佐渡金山:江戸初期に本格的な開発が始まり、江戸幕府の財政を支えた金銀山。全国から山師や技術者、労働者が集まり、相川は一時、数万人規模の鉱山町に膨れ上がったとされる。1989年に操業を休止し、2024年に「佐渡島の金山」として世界文化遺産に登録された。 ↩︎
- ジェットフォイル:米ボーイング社が開発した、ウォータージェット推進の水中翼船。高速で走ると船体が海面から浮き上がり、翼だけで航走する。佐渡汽船は1977年に新潟―両津航路へ導入し、カーフェリーで約2時間半かかる航路をおよそ1時間で結んだ。 ↩︎
- ミトコンドリアDNAとハプログループ:ミトコンドリアは細胞内でエネルギーをつくる小器官で、核とは別に独自のDNAを持つ。受精の際には卵子のミトコンドリアだけが子に引き継がれるため、母系の系譜をたどる手がかりになる。長い時間のあいだに生じた変異の共通パターンによって分類した集団をハプログループと呼び、アルファベットと数字(例:D4、M7aなど)で表す。 ↩︎
- 「狩猟採集系」という推定について:ハプログループからわかるのは、ある系統がいつごろ、どこで分岐し、どのように広がったかという推定である。その系統の人々が狩猟採集民だったか農耕民だったかは、分岐の年代や分布地域から間接的に推測されるもので、確定的なものではない。日本列島では一般に、縄文時代の人々の系統に多く見られるハプログループが「狩猟採集系」と説明されることが多い。 ↩︎
- グレートジャーニー:アフリカで誕生した現生人類(ホモ・サピエンス)が、数万年をかけてユーラシア、オセアニア、そしてベーリング陸橋を経てアメリカ大陸の南端まで拡散していった旅路のこと。イギリス出身の考古学者ブライアン・フェイガンの著作名に由来する。日本では、探検家・関野吉晴がこの道のりを逆からたどった旅で広く知られるようになった。 ↩︎
- 囲い込み(エンクロージャー):もとはイギリスで、共同利用されていた土地を領主や地主が柵で囲い、私有地化した動きを指す。15〜16世紀の第一次と、18〜19世紀の第二次がある。土地を追われた農民が都市の労働者となったことから、近代資本主義の起点の一つとされる。近年では、デジタル空間やデータ、知識の私有化を指す比喩としても使われる。 ↩︎