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抜書も。
【なんでたくさんの言葉があるの?】(小三・男子)
ここまで読んでくれた子どもには、うすうすわかるのではないだろうか。たくさんの言葉があるってことは、それだけ世界が豊かだということのあかしなのだ。二つ目の回皆でも触れたが、言葉は世界の目印。言葉を手がかりにい世界を理解することができるし、言葉をつかって自分の気持ちを伝えることができる。言葉がたくさんあるのは、人魚の大先輩たちが、世界を理解しようとがんばったり、気持ちを伝えあおうと奮闘したりした痕跡だ。財産とも言える。
俵 万智『生きる言葉』、新潮新書、2025年、p.136
歌人・俵万智さんによる「言葉」に関する本ということで、面白くないはずがない。好きな本で、引きたい箇所がたくさんある。中でも、著者が『Questionary』という子ども向け質問サイトで、子どもたちから寄せられた質問に回答した内容を紹介している箇所がある。シンプルながら本質をとらえた質問ばかりで、それに応える著者の回答も真摯。良い意味で、相手がこどもだからと言って回答の出力をセーブしていない。ハッとさせられっぱなしだった。
ジェレミー・ベンサムにとって自明だったのは、テクノロジーの発達によって、学校、工場、監獄、病院の機能は向上するし、それは誰にとっても有益だということだ。美辞麗句を駆使し、正装に身を包み、おかしな帽子をかぶったベンサムが現代のシリコンバレーに現れたら、場違いな印象を与えることだろう。だが、ベンサムの考え方は実に当世風だ。前述の世界観によれば、新たなテクノロジーは人間の能力を拡張するものであり、経済に適用されれば効率性と生産性を大きく向上させる。その後、社会は遅かれ早かれそうした利益を分かち合う方法を見つけ出し、結局はほとんどあらゆる人びとが得をすることになるという理屈だ。
ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン『技術革新と不平等の1000年史 上』(鬼澤忍、塩原通緒)、早川書房、2023年
私はテクノロジーに関しては楽観主義者(テクノ・オポチュニスト)なのだなと自覚した本。だって、仕方がないではないか。10代から20代の多感な時期、ずっとテクノロジーの発展のどまんなかを歩んできたのだから。WEBやテクノロジーに夢を見続けてきたのだ。しかし、AIの台頭で「整理」されうる対象となったことで、そのアイデンティティは揺らいでいる。
これは産業革命が少なくとも私たちにもたらしたものの一部だからである。コロンブスが大西洋を航海し、最初の蒸気機関がゴトゴトと動きはじめ、ワーテルローでイギリスの方陣がフランスの砲撃にひるまず耐えぬき、一九世紀の金儲け亡者たちが神の名を唱えながら自分のポケットを金でふくらませる。こんなことが起こっているあいだに、行きつくところまで行きついたあげくがいまの姿であった。そこには迷宮のようなスラムや、日の当たらない薄暗く汚い台所があり、顔色の冴えない、人生に疲れはてた人びとがゴキブリのようにはいずりまわっている。こういうところがあることを忘れないために、ときおり目で見て臭いをかいで──とくに臭いをかいで──みることはある種の義務だといえる。とはいえ、こんなところにあまり長居をしない方がいいだろう。
ジョージ・オーウェル『ウィガン波止場への道』(土屋 宏之、上野 勇)、ちくま学芸文庫、1996年、p.262
・「1984年」「動物農場」などのディストピア小説の名手・オーウェルは「どん底の人びと」を描くノンフィクションの名手でもある。描写がリアルすぎる。なぜなら、本当に彼らと同じところまで行って同じ生活を送ったのだから。されど彼らの人格を批判的に描くのではなく、あくまでもシステム=資本主義が引き起こす当然の帰結なのだというのが通底していると思う。だからこそ、のちに社会主義に傾倒したのだろう(そして、透徹した目でそこにも幻滅を見出す)。
宮本常一の民俗学で特徴的な言葉に「世間」がある。世間は一般的に、「世間様」「世間の風」というように共同体の外側にある社会、あるいは人びとの行動を制約する無形の規範のこととしても理解される。人が生活し、構成する「人の世」、人びととの交わり、「世の中」、「世界」を指す言葉になった。そこから「世間」は「世間体」という言葉で表わされる「しがらみ」のもととなる境域として使われることが一般的になる。
しかし、宮本が「世間」という言葉を使う場合、右のような意味とは異なり、独自の意味をこめる。共同体の共同性のしがらみといった否定的、消極的な意味だけではなく、「世間」を肯定的、積極的に用いている。「世間師」は共同体の外側にあり、多様な価値で成立している「世間」を渡り歩く存在だ。共同体の外側にある価値、文化や産業や生活といったものを見て歩き、そうした価値を自らの共同体に刺激として持ち帰る。共同体の漸進的な発展は、世間師によってもたらされてきたのである。
畑中章宏『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』、講談社現代新書、2023年、p.22
「世間師(しょけんし、と読む)」という言葉。民俗学者・宮本常一が、その代表作『忘れられた日本人』などで用いている。日本全国の村々や集落を渡り歩き、外の新しい情報や知恵、刺激をもたらした人々を指す言葉。
「幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ」
バートランド・ラッセル『ラッセル 幸福論』(安藤 貞雄)、岩波文庫、1991年、172
ラッセルは30代に入るまで極度の緊張症に悩まされていたらしい。あれほどの大人物でも、そのようなことがあったのかと意外に思ったのと同時に、ちょうど同じような状態にあった私は、なんだか気が楽になったのだった。