政宗公の埋れ木|好きな和歌(うた)シリーズVol.01
English version: Read in English ▸
埋れ木
皆人は
かへる浪なる
名取川
我はのこりて
瀬々の埋木
伊達政宗
好きな和歌をひたすら紹介していくシリーズ第一弾。
仙台藩初代藩主、伊達政宗が詠んだとされる歌である
(なお、タイトルは筆者が記事用につけたもの)。
20年ほど前の一時期、私は、仙台に住んでいたことがある。
住まいは、まさにこの和歌で詠われている名取川の近くにあった。
釣りに出かけた折に、この歌の歌碑を見つけたのだった。
職場には東北大卒の教養溢れる先輩がいた。彼は仕事の合間に私が繰り出す面倒な質問にいつも丁寧に答えてくれた。彼に尋ねたところ、「政宗公の歌だよ」とのことであった(仙台の人々は、ほぼ例外なく政宗「公」と呼ぶ)。
その後、自分なりに読み込んで解釈をつくってみたとき、思わず吹き出してしまった。「まさか戦国大名がこんな愚痴っぽいことを詠うとは」。そう思ったのだ。
「名取川」の掛詞
名取川は「名を取る」、つまり評判や名声を得るという意味を背負った歌枕だ。そう読むと上の句は「皆は名を取り、波のように先へ流れていく」となり、天下の表舞台で名を上げていく連中の姿が重なる。
「埋もれ木」は不遇者の定番比喩
埋もれ木には「世に埋もれて日の目を見ない人」という慣用的な意味がある。有名なのは源頼政の辞世「埋もれ木の花咲くこともなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける」なのだ。政宗ほどの教養人なら、この含みを知らずに使ったとは考えにくい。単なる「置いてけぼり」を超えて、「栄達から取り残された身」まで射程に入っていると見るのが自然だろう。
名取川が自分の領内の川であること
(個人的にいちばん面白いと思うのはここ)名取川は政宗のお膝元、仙台のすぐ南を流れる川。波は河口に寄せてはまた大海へ返っていくのに、自分は地元の川底に沈んだまま動けない。そう読むと「中央という大海へ出ていけず、奥州の川底に留まる自分」という構図になる。
ただし、この論考には弱点もある。 「かへる(帰る・返る)」という動詞は、素直に取れば「帰郷」。「出世して先へ行く」とは方向が逆なので、字面だけなら「皆は国へ帰るのに自分だけ足止め」という参勤や在京の愚痴が第一義になる。ようするに、在京・在府を命じられ、国へ帰る諸大名を見送る自分の不遇を嘆いたものとも読める(素直に読めばこちらの考察のほうがしっくりくるらしい)。
ただ、和歌は無理に一義に決めなくていいのが良いところなのだ。表では「自分だけ帰れない」とぼやき、裏では「名を取り損ねて埋もれていく」と嘆く。この二重写しで読むのがいちばん政宗らしい。「あと二十年早く生まれていれば」という後世の評判を、本人がすでに一首に畳み込んでいた、と読むとなかなか味わい深い。
私の同級生の中には、大成功を収めた友人知人がいる。作家として成功した者、映画制作者、外務官僚や、何を営んでいるのかはわからないが、とにかく港区や六本木でブイブイ言わせている者もいる。
彼らと自分とを比べたときに、今の自分はどうなのだろう?と思うときが度々、ある。
中年となったいま、この歌の意味がさらに深いものに思えてきた。