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「韓国の弟」とzoom飲み会をした 迫撃砲からキーボード

『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018年、ユン・ジョンビン監督、ファン・ジョンミン主演)。1990年代、北朝鮮の核開発の実態を探るため、事業家を装って平壌に潜入した韓国の工作員「黒金星(ブラックヴィーナス)」の実話をもとにしている。銃撃戦はほとんどない。それでも、会話の一言一言が命取りになる緊張感は、韓国スパイ映画の白眉だと思う。日本公開は2019年。私が最も面白いと思ったスパイ映画のひとつ。

韓国の友人と久しぶりにzoom飲み会を開催した。年齢が1つ歳下の彼とは、学生時代からの付き合いだ。私は学生時代、韓国語を選択していたのだが、恥ずかしいことに、今はもう、あまり話すことができなくなった。気づけば卒業から20年も経過していて、その間に仕事で韓国語を使う場面はほとんどなかった。語学教室に通ったり、独習を続けたりしていたわけでもない。ゆえに、彼が日本語を話す場面が多い。

何度かこのようなオンライン飲み会(彼らの言葉では『랜선 술자리1』)を設けているのだが、今回の飲み会ほど「韓国の男らは肝が座っているな」と思ったことはない。というのも、彼も私と同じような仕事をしているので、話題は当然、昨今のサイバーセキュリティの話に終始したからだ。タイミングが良いのか悪いのかはまったくわからない。かなり具体的な話になった。

韓国もけっこう難儀しているようだ。

ただ、話を聞くと、日本とはレベルが違う。

韓国が「今すぐ国家主導で要塞のこの部分を強化せよ」という話をしているのに対して、本邦は「来週末にでも、最寄の工務店にでもご相談なさってください。」と言っているようにしか見えない。しかも、「国民の皆様おのおのの責任で…もちろん、自腹で…」と。

なぜこうも違うのかといえば、「切実さ」がまるで違うからだ。

韓国は現在進行形で戦争中2であるし、ゆえに徴兵制3をしいている。国家情報院(旧KCIA)4という諜報機関も公然と存在し、スパイたちは陰日向で蠢いている。スターバックス金浦愛妓峰平和生態公園店5に行けば、北朝鮮が文字通り「見える」わけであるし、脅威が近すぎるのだ。

彼は私のことを「형(ヒョン)6」と呼んでくれている。男性が年上の男性を『兄さん』『兄貴』の意味で呼ぶときに使う愛称だ。私に声をかける時は必ずこの「형」をつけるし、基本的には敬語(〜スムニダ調7)で接してくる。たかだか1歳しか違わないのに、である。そうした彼の態度に接するたびに私は恐縮してしまうし、何度「勘弁してくれ」と思ったかわからない。しかし、かわいく思えるのもまた事実で、彼のことを「韓国にいる弟」と思っている。それに、私には男兄弟がいないので、ありがたくもある。

儒教国であるがゆえなのかもしれない。年長者に対する「取るべき態度」が、国語レベルで実装されている感じがする。また、東京やソウルで私と会う際には、カバンを必ず持ってくれたりもする。私が固辞しても「ちょっとちょっと、兄貴!勘弁してくださいよおー」などと言って譲らない。まるで、往年の任侠映画に登場する若手構成員のようでもある。しかし、彼らを注意深くみていくと、そのノリは無頼派的ではなく、体育会系のノリなのだ。こうした「男の仕上がり方」に導く原因のひとつには、儒教だけでなく軍隊の存在があるのだと思う。

彼は、ふだんは温厚で実に爽やかな好青年なのだが、いざ深刻な話題となれば、狼の目つきに変貌する。瞳の奥には煌々と黒い火が灯る。何が彼を「こうする」のか?これは、軍隊経験者のそれであるように思えてならない。なぜだか懐かしい感じがして、記憶を辿ってみた。そうだ、祖父や、近所に住んでいた元陸軍兵のおじいさんの目つきと同じだったのだ。

彼はすでに兵役を終えていて、今はソウルで大手通信会社傘下のIT関連企業に勤めている。

話の流れで、話題が兵役の話におよぶと、彼は「迫撃砲を担いでいたのが、今ではえらい違いですよ。わはは」と、キーボードをカタカタ打つ仕草をしながら、屈託のない笑顔を浮かべていた。ふつうの会話における笑いのネタがもう、我々とは違いすぎる。画面に映るのは、しっかりとスキンケアが施されてツルツルの肌なので、話題とのミスマッチぶりに、どうも妙な気分になってくる。時折見せる、文学青年ぽい表情もまた、私の頭をひどく混乱させる。

彼ら、つまり韓国人男性らと接した後、映画やドラマを観ると「切実度合い」がよくわかる気がしてくる。とくに私は韓国のスパイ映画が好きなのだが、重厚なものが多い。スパイ映画や社会派ドラマは、邦画や邦ドラマとくらべて極めてドライな感じがする。もちろん、日本製にも面白い作品はたくさんある。が、韓国のスパイ映画や現代ドラマの完成度が高すぎるのだ。目の前に圧倒的な現実が立ちはだかっているゆえに、撮影資本の積み重ねが分厚いということなのではと思っている。

そして、一人ひとりの国民の潜在意識。これが、彼の国のドラマや映画の完成度に結びついているのではないかと思った。

『シュリ』(1999年、カン・ジェギュ監督、ハン・ソッキュ、キム・ユンジン、チェ・ミンシク、ソン・ガンホ出演)。韓国の情報部員と北朝鮮の特殊工作員の攻防を描き、韓国で『タイタニック』の観客動員記録を塗り替えた。日本でも2000年に公開されて大ヒットし、韓国映画ブームの火付け役となった。大学の韓国語の授業で観たあと、私の「네(はい)」と「알겠습니다(承知しました)」が軍人のようだと先生に笑われた、思い出の一本でもある。それだけ影響をうけたのだった。

連載 Black October 2026

脚注

  1. 「랜선(ランソン)」はLANケーブル、「술자리(スルチャリ)」は飲みの席を指す。コロナ禍で広まった言い方で、「랜선」は「랜선 여행(オンライン旅行)」「랜선 집들이(オンライン新居お披露目)」のように、「ネット越しの〜」を表す接頭語として定着した。ケーブルという妙に物理的な言葉で、画面の向こうとこちらを結んでいるのが味わい深い。 ↩︎
  2. 朝鮮戦争
    朝鮮戦争は、1950年6月25日に北朝鮮軍が38度線を越えて南へ侵攻したことで始まった。韓国側には米軍を中心とする国連軍が、北朝鮮側には中国の人民志願軍が加わり、民間人を含む犠牲者は数百万人にのぼるとされる。冷戦下の代理戦争でもあった。
    1953年7月27日、板門店で休戦協定が結ばれた。署名したのは国連軍、中国人民志願軍、朝鮮人民軍の三者で、韓国は署名者に含まれていない。協定は3か月以内に戦争終結のための政治会談を開くと定めていたが、その会談は今日まで一度も開かれておらず、平和条約も存在しない。法的には「終戦」ではなく、戦闘を止めているだけの「休戦」が70年以上続いていることになる。 ↩︎
  3. 韓国では成人男性に兵役義務がある。期間は陸軍でおよそ1年半。芸能人やスポーツ選手も原則として例外ではない。それにまつわる兵役回避などのトラブルもある。いっぽうで俳優のヒョンビン氏は最も厳しいとされる韓国海兵隊に志願するなど、韓国芸能界にもさまざまなケースがある。 ↩︎
  4. 1961年創設のKCIA(韓国中央情報部)を起源とし、国家安全企画部(安企部)を経て、1999年に現在の国家情報院となった。冒頭の『工作』は安企部時代の物語である。 ↩︎
  5. ソウル近郊の金浦市にある愛妓峰(エギボン)平和生態公園の展望台に、2024年11月に開業したスターバックス店舗。朝鮮戦争で激戦地となった「154高地」の上にあり、北朝鮮・開豊郡とは中立水域の川を挟んでわずか1.4kmしか離れていない。晴れた日には北朝鮮の農場や低層の建物が肉眼で見え、店内の双眼鏡をのぞけば、畑のまわりを歩く人や自転車に乗る人の姿まで確認できる。一帯は軍の統制区域のため、来店にはまず軍の検問所で手続きが要り、外国人はパスポートの提示を求められる。「ラテを飲むために検問を通る」のである。 ↩︎
  6. ハングルでは「형」と書く。男性が年上の男性を親しみを込めて呼ぶ語で、女性が使う場合は「오빠(オッパ)」になる。 ↩︎
  7. 「합니다体(ハムニダ体)」と呼ばれる、最もかしこまった丁寧語。親しい間柄ならふつうは柔らかい「해요体(ヘヨ体)」で十分なので、1歳差でこれを貫くのは相当に律儀である。 ↩︎

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