AIの浸透からローマのコンクリを想起したという話

「おい、清水!アレ、今日あたりやっとけ」。

自宅の近所で工事が進められている。空調服を着てニッカポッカを履いた、50歳代と思しき渋い風貌の親方が、若手の職人である清水某くん(20代後半くらい。仮名)に対し、このようなことを大声で叫んでいたのだった。それを受けた清水君は「おいっす。尺は○っすよね」とだけ返答をしていた。それに対して親方は「らねっ」と返すのみであった。実に短いやり取りである。「らね」というのは新潟弁で「そういうことだね」というわけである。ちなみに、東北地方の北部に行った際には「ん」だけでやり取りをしている現場を目撃したことがある。彼らにとっては、「っ」という促音の一つさえもが重要な情報源になりうる。音程など、ことばの機微により情報の判別・交信をおこなうのだ。

現場における洗練とは、つまるところ効率性の追求および言語の単純化なのだ。現場でやりとりを交わすこと/知識と経験の継承は、身体で覚えていくところが大きい。そして、現場における仕事が専門的かつ複雑になっていけばいくほど、コミュニケーションもまた洗練される。私などには「アレ」が何のことかわからないし、「尺」とは何に対する尺度について話しているのか、てんでわからない。今後、AIはそれを理解するのだろうか?と思ったのだった。文脈、話者同士の関係性を完璧に理解した上で「アレ」がいったい何を指すのかを瞬時に理解するようになるのかもしれない。しかし、そうなると、AIに全てが吸収され、肝心の人間同士では通じなくなるのかもしれない…。

目次

「これ、AIでよくね?」問題とローマン・コンクリート

この記事を書こうと思った直接のきっかけがもうひとつある。私が身を置く出版・広告の現場で起きている、ある現象だ。

勿体ぶらずに結論を言えば「それ、AIでやればよくないですか?」という、巷間よく聞かれるアレである。

「ライターに頼まなくても文章は書ける」「カメラマンを呼ばなくてもイメージ写真は作れる」「デザイナーがいなくてもポスターは作れる」。生成AIの普及とともに、そう考える人が目に見えて増えた。たとえば広告代理店の若手社員(デジタルネイティブどころかAiネイティブ世代)がビジネスの場に登場してきている。彼ら彼女らが「ここまで自分で作れるなら、外注費は削れるのではないか」と口にするのも、もはや珍しくない。

あらかじめ断っておくと、決して彼らが悪いわけではないし、私が彼らに呪詛の念を抱いていると言いたいわけでもない。私が彼らの立場だったら、間違いなく同じことをするだろう。上司、上層部、さらにいえば株主からの圧力を無視できるはずはない。仕方がないのだ。彼ら自身というよりも「仕組み」と、もっといえば社会の構造がそうさせているのである。

上司は上司で、昨今はマネジメントとコンプラ遵守に忙殺されているのである。「通常業務はAIの活用により部下に丸投げできるレベルまできた!」。そう考えるのは極めて普通のことだろうと思う。私が営業課長や広告部長であったら、間違いなくそうする。出世だけでなく、会社をクビにならないためには業務を徹底的に効率化し、成果を上げるしかない。資本主義のみならず、人間社会の仕組みそのものと極めて相性が悪いのだ。

いっぽうで、AIの浸透に伴う発注問題は着実に顕在化していると感じる。2025年以降、一気に「いよいよきたな」という実感がある。現場が追いついていないのである。そして、追いついていない状態のまま、継承もされず負のスパイラルに陥っている大混乱状態と言っていいのではないだろうか。

私は20代の間は建設業、出版業、WEB業界(SNSプラットフォーマー、WEBサイト制作、コンテンツ制作etc)に身を置いてきた。会社を辞めて各業界から遠ざかっても、ライターという立場で何らかの関与がある。ウォッチを続けるなかで、これらの業界すべてでまったく同じことが起きていることに気がついた。発注と技術継承の危機が同時に到来しているのだ。

AIの「活用」により、目先の外注費は確かに浮く。だが、何かが起きたとき、誰がそれを直せるのか。誰が責任を取るのか。そして数年後、制作のイロハ/根本がわかる人間が現場からいなくなったとき、何が起きるのか。

職人の技術や経験は、マニュアルよりも声で受け継がれてきたところが大きいはずだ。先輩の横で見て、聞いて、ときには叱られて覚える。「背中をみて盗め」という放置プレイ指導スタイルの現場もいまだにあると聞く。誰もが「任せておけばいい」「こんなもんでよくね?」と思い始めたとき、その声の連鎖は静かに途切れる。

そして、個人的な関心も関係している。社会人生活を建設業界からスタートしているのもあって、建設の話題と絡めて考えてみたいなと思い、Macのキーボードを叩いている。建設業界というのは、ある意味で日本社会・経済の縮図であり、古臭いようでいて未来の姿でもあると私は考える。「下請けイジメ」「中抜き」といった日本社会が抱える諸問題(闇)の語源の多くを建設業界に見るからだ。それらは大なり小なり社会を駆動する構造として日本社会に根深くビルトインされている。

そもそも何らかの「構造」について考えるならば、建設から考えてみるのがいいのではないか?なぜなら、あらゆる建築物・構造物というのは構造化の究極系だからだ。そして、資本の投下量(要するに、いかにカネをかけたか?)に比例する。

このような考えを巡らせているうちに、私の頭に浮かんだのが、ローマンコンクリートだった。

2000年そびえ立つ巨大ドームと、数十年で崩れる道路

パンテオン(ローマ)内部からみたドーム状の天井。UnsplashのDimitry Bが撮影した写真

ローマのパンテオン1には、鉄筋を一本も使わない直径約43メートルのコンクリート造の重厚なドームが載っている。完成は2世紀前半、ハドリアヌス帝2の時代だ。以来1900年近く、屋根として続けている。ローマにおけるこうしたコンクリート建造物は、他にも多数ある。中には崩れてしまったもの、傷んでしまっているものもあるが、形状を記憶している建物や構造物がまだまだ多数存在するのだ。

これらは、建築史上稀に見る異質な存在である。コンクリート造による構造物というのは、ふつう、時間の経過とともに痛んで崩れてしまう宿命にあるからだ(経年劣化)。もちろん、建築者はそれを見越して耐用年数を計算する。耐用年数が迫ってきたら、適切な検査と補修を行わなければならないのだ。

ところが、パンテオンは、いまだそびえ立っている。これは驚くべきことだ。もちろん、保存に携わる現代の建築家やチームの尽力がある。

本来、コンクリートというのは崩れたり壊れたりするのが当たり前の存在である。

一方、2025年1月、埼玉県八潮市で交差点が突然陥没3し、走行中のトラックが穴に吞み込まれるという大変痛ましい事故が発生した。この事故の原因は地下の下水管の腐食だった。長い年月をかけて腐食が進み、ついには陥没に至ったのだ。

なぜローマのコンクリートは2000年もち、私たちのコンクリートは数十年で悲鳴を上げるのか。その答えの一端が、ここ数年の研究で見えてきた。そしてその答えは、ローマ帝国がなぜインフラを維持できなくなったのか、という問いにまでつながっている。

ローマ帝国の白い粒

古代ローマのコンクリートを割ると、ミリ単位の白い粒が点々と見つかる。石灰の塊=「ライムクラスト4」と呼ばれるものだ。長らく研究者は、これを「混ぜ方が雑だった証拠」と見なしてきた。コンクリートは、セメントと砂、砂利、水を正しい割合で混ぜ合わせることでつくられるのだが、この混合をミスすると、強度に影響したりする、デリケートな代物なのである。近現代とくらべて高度な強度計算能力がなかったはずの古代ローマでは、この混合を失敗したのだろう、とみなしてきたのだ。

2023年、MITのアドミール・マシッチ5らのチームは逆の解釈を示した。白い粒は失敗ではなく、製法が生んだ必然の産物だというのだ。鍵は「ホットミキシング6」と呼ばれる製法にある。

セメントの原料のひとつが石灰だ。通常、石灰はまず水と反応させて消石灰7にしてから使う。ところがローマの職人は、生石灰を消石灰にしないまま、火山灰と水に直接混ぜていたらしい、というのだ。生石灰は水と反応して高熱を発し、固まるのが速くなる。そして反応しきれなかった石灰が、白い粒として中に残る。

2025年には、ポンペイ8で工事途中のまま噴火に埋もれた建築現場から、生石灰と火山灰を乾いたまま混ぜておいた材料の山が報告された。仮説は、現場の物証で裏づけられつつある。

水を味方にする設計「ホットミキシング」

白い粒が真価を発揮するのは、完成から長い年月が経ってからだ。コンクリートにひびが入り、雨水が染み込む。すると粒が溶け出して、カルシウムを豊富に含んだ水になる。それがひびの中で炭酸カルシウム9として固まり、傷口を塞ぐ。

コンクリートにとって、水は本来、劣化の元凶である。ローマの職人はその水を、修復材に反転させた。

ここで誤解してはならないのは、ローマのコンクリートが「強い」わけではないことだ。押し潰す力への耐性なら、現代のポルトランドセメント10の方が上である。現代のコンクリートは初期の強度と施工の速さを最大化し、あとは点検と補修、そして更新で維持する前提で設計されている。

ローマのコンクリートは違う。剛さではなく、回復力に賭けた。人の手が入らなくても、自分で治る。維持する人がいなくなる未来を、あらかじめ織り込んでいたかのような設計である。

レシピ自体は残っているという話

ハギア・ソフィア大聖堂。UnsplashのNabil Adhamが撮影した写真

では、なぜこの技術は途絶えたのか。「製法が失われたから」とよく言われる。当初、私もそのように解釈していた。「単純に作れる人間がいなくなったから」だと。だが事実は少し違う。

ローマの建築家ウィトルウィウスの『建築論』11は、中世を通じて修道院に写本として残り、読まれ続けた。東ローマ帝国12ではモルタルを使った大建築が造られ続け、6世紀にはハギア・ソフィア13が建った。コンクリート建設のレシピ自体は消えていなかったのだ。

しかも面白いことに、ウィトルウィウスは石灰をよく消和してから使うよう勧めている。ポンペイの現場で行われていたホットミキシングとは、むしろ食い違うのだ。

つまりローマンコンクリートの急所は、本には書かれていなかった。しかし、それは現場の職人たちの手の中に、暗黙知14として存在していた。教科書と現場が食い違うとき、正しいのはたいてい現場の方である。そして現場は、本と違って写し取れない。

仕組みが消えるとどうなるか?:ローマ帝国崩壊後のブリテン

ナポリ市内とヴェスヴィオ山。UnsplashのGrafi Jeremiah

技術を支えていたのは、職人の腕だけではない。インフラがたいへん重要だった。いつの時代も、先端技術を維持管理するにはインフラの充実と、その運営者の存在が欠かせない。ローマ帝国内には、ナポリ湾岸から火山灰15を運ぶ輸送網があったことがわかっている。大量の石灰を焼く窯と燃料があった。そして何より、港や水道や浴場を発注し続ける、税を集める国家があったのだ。

西ローマ帝国16が5世紀に解体すると、この連鎖が根元から崩れたのだった。国家における公共事業の発注者は誰か?当然、国家である。その発注がなければ現場は動かず、現場が動かなければ徒弟は育たない。暗黙知の継承というのは、実はとても脆い。使われなくなった場合、わずか一世代のうちに蒸発してしまうのだ。

オックスフォード大学の考古学者ブライアン・ウォード=パーキンズ17は、帝国崩壊後のブリテン島で、瓦屋根やろくろ挽きの陶器といった「当たり前の品」が姿を消したことを、考古学の証拠で示している。高度な技術ほど、それを支える分業のネットワークに依存する。ネットワークが縮めば、レシピが手元にあっても再現できなくなるのだ。

現在のセントオールバンズ修道院。UnsplashのMax Letekが撮影した写真

PS4のゲーム『アサシンクリード:ヴァルハラ』18というゲームがある。同作は、中世七王国(ヘプターキー)19時代のイギリスを舞台にしている。ゲーム中、当時のセントオールバンズ修道院20を訪れることになるのだが、その姿が歴史的資料に基づいて正確に再現されているのだ。あまりにもリアルに再現され過ぎていて、現在の姿と全く違うことに衝撃を受けた。

瓦屋根は登場するのだが、どれも荒れ果てている。当時はもう誰も瓦を焼けず、人々はローマの遺物を継ぎはぎし、必要なら廃墟から剥がして使っていた。ゲームのセント・オールバンズも、いまの威容とは似ても似つかないボロボロの姿だ。11世紀になって、廃墟の煉瓦で修道院の塔が築かれ、ようやく今の大聖堂へつながっていく。当時のイングランドで瓦はもう焼かれておらず、瓦やレンガを使った教会は、ローマ時代の廃墟から剥がしてきたものを再利用していた。モノは残っていたが、それを作る技はもう残っていなかったのだ。

人類学者ジョセフ・テインター21は「複雑な社会は、その複雑さを維持するコストに耐えられなくなったときに崩れる」と論じた。インフラとは、まさに維持コストの塊である。社会が複雑さを保って維持できているかのバロメーターは、インフラなのだ。

日本の現在地

満濃池(香川県)。提供:(公社)香川県観光協会

満濃池は大規模インフラだった

ふたたび日本に目線を戻してみる。

私は、日本にもローマと同じ轍の跡があると考えている。そのひとつが讃岐の満濃池22だ。国司が何年かけても直せなかったこの溜め池の決壊を、821年、空海23が短期間で修築したと伝えられる。日本各地に残る弘法大師伝説よろしく、この地でも伝説を残したわけだが、超能力を使ったのではなく、優れた実務者、現場監督ぶりを発揮したからだったのではないかと思う。唐で学んだ知識に加え、空海を慕って集まった人々を束ねる力があったからなのだ。もちろん、スピリチュアルな超能力を発揮していたのかもしれないが、それについては別の記事に譲る。

だがその満濃池も、1184年の洪水で再び決壊すると、約450年にわたって放置された。池の跡には村ができた。再び水を湛えたのは、江戸時代初期の1631年のことだったという。天才が築いたインフラも、維持する仕組みが途切れれば、数百年単位で失われる。安定的な統治構造がなければ、インフラが維持できなくなるとともに、継承する人間もいなくなるのだ。

そして、現代日本にも目を向けてみる。

2012年の笹子トンネル天井板崩落事故24を受けて、国は橋やトンネルに5年に1度の点検を義務づけた25。点検要領は整い、マニュアルは充実している。

足りないのは、それを回す人と金だ。土木の技術職員がほとんどいない市町村は少なくない。建設業の担い手は高齢化し、若手は減り続けている。人口が縮めば、税収も縮む。

教える人間が最も簡単に消える

象徴的な事例がある。2023年9月、東京・八重洲の再開発現場で鉄骨が崩落し、作業員2人が亡くなった。2026年9月、警視庁は施工を担った大林組の社員2人を書類送検したと報じられた。

報道によれば、鉄骨を仮に支える「支保工26」の強度計算で、支えるべき5本の鉄骨のうち3本分の重さが抜け落ちていた。計算した現場監督は、支保工の強度計算を担当した経験がなかったという。支保工を貸し出したリース会社は、発注の段階で強度不足を指摘していた。だが計算は改められず、上司も誤りを見逃して承認している。

ここにあるのは、個人の不注意だけの話ではない。わかる人間は、いたのだ。ただしそれは元請けの内側ではなく、外部の専門業者(リース会社)だった。そして上流には、その声を聞き取れる人がいなかった。

無論、責任者が処罰されるのは免れないことだ。しかし、ここでも、仕組み自体に着目しないと根本的な解決には至らない。

背景には、人口構成の歪みもある。就職氷河期27に採用を絞った結果、本来なら現場の要として技を受け渡すはずの層が薄い企業は少なくない。教える人と教わる人のあいだに、世代ごと穴があいているのだ。

人類学者ジョセフ・ヘンリック28は、集団の人口が減ると、受け継がれてきた技術が失われうると指摘した。海面上昇で大陸から切り離されたタスマニア29では、骨角器や漁撈(ぎょろう)の技術が失われたとされる。知識は本の中ではなく、人と人のあいだで生きているのだ。

ローマの衰亡を、蛮族の侵入や皇帝の失政として語るのはたやすい。だがインフラの観点から見れば、それは「維持する人がいなくなった」物語でもある。そしてその物語は、いまの日本と気味が悪いほどよく似ている気がしてならない。

AIは究極の建築論=構造論

ローマ人は、人の手がなくても自分で治るコンクリートを持っていた。それでも、作る人がいなくなれば、技術ごと消えた。

いま私たちの手元には、ウィトルウィウスどころではない「巨大な本」がある。生成AIだ。書かれた知識なら、ほとんど何でも引き出せる。だがローマンコンクリートの急所が本に書かれていなかったように、技術の核心はしばしば、書かれない場所にある。それこそが、手を動かし、失敗し、先輩の声を聞いて身につける暗黙知だ。

AIが悪いのではない。問題は、「任せておけばいい」と考えて、手を動かす人と、その隣で育つ人を減らしてしまうことだ。道具が賢くなるほど、その誤りに気づける人間が必要になる。八重洲の現場に専門業者の警告を聞き取れる人がいなかったように、AIの出力の誤りに気づける人がいなくなれば、事故は起きる。そして責任の所在は、誰にもわからなくなる。

2000年後のいま、MITの研究者たちはホットミキシングを現代に甦らせようとしている。失われた知恵は、回り道をして戻ってきた。ただし、千年単位の空白と引き換えに。

いっぽうで、この空白をまるで見通していたかのような、そして極めて「日本的な」仕組みがある。

優れた継承スキーム「式年遷宮」

伊勢神宮には、式年遷宮30という仕組みがある。20年ごとに社殿を建て替える儀式を、1300年以上にわたって続けてきた。20年という周期には、茅葺や掘立柱31の耐久年数、「常若」の思想32など諸説ある。だが結果として、宮大工33や神宝の職人は、生涯に二度三度、同じ仕事に立ち会えることになった。見習いとして見て、中堅として担い、棟梁として教える。発注が途切れないことを、制度として約束した仕組みだと言える。

ローマは自己修復コンクリートシステムという、モノの側に永続性を仕込んだ。伊勢は人の側に永続性を仕込んだ。建物はあえて建て替え、技を受け継ぐ人の輪の方を保った。ローマでは建物が残り、技が消えた。伊勢では建物が消え、技が残ったといえるかもしれない。

ただし、これを「日本人は昔から職人を大切にしてきた」という美談で片づけるのは少し違う。伊勢の遷宮も、戦国時代には100年以上途絶えている。それを復活させたのは、慶光院34の尼僧たちの勧進35であり、天下人の財だった。国民性が技を守ったのではない。途絶えさせないための装置を持ち、壊れかけるたびに、誰かが意志をもってそれを修理してきたのだ。日本が日本であり続けてきたのは、情緒ではなく、この装置と意志のおかげではないか。あくまでも、人によるものだということに私は目を向けたい。このままいけば、現代日本もローマと同じ轍を行く羽目になる。しかも、AIというパンドラの箱がすっかり開け放たれている。その中で、必死に技術や思いを次の世へと繋いでいく人々がいることを決して忘れてはいけないと思うし、冷たくしてはいけないのだ。

私たちはまだ、その空白を避けられる。必要なのは、それぞれの現場での小さな遷宮なのではなかろうか。ライターに、カメラマンに、デザイナーに、職人に、仕事を渡し続けること。若い人をその隣に立たせ続けること。レシピを残すことよりも、レシピを回す人の輪を途切れさせないこと。

なんだかんだで、我々の先祖や先輩方は、そうして人から人への継承を「うまいことやってきてくれた」のだと思う。だからこそ、文明社会が存在しているのではないだろうか。そうした営みは属人的だったりする。日本は、その属人性をうまく文化に落とし込んで継続してきたのだと思う。

ローマはレシピを失ったのではない。レシピを回す人々を失ったのだ。同じ轍を踏むべきではないと思う。せっかく優れた引き継ぎの歴史と文化があるのだから。そして、歴史を俯瞰して分析する余裕が、まだある。

というわけで、式年遷宮や常若思想などを今一度、深く学んでおこうと思っている。

末筆になりますが、労働災害で亡くなった方に哀悼の意を捧げるとともに、災害に遭われたすべての方にお見舞いを申し上げます。

脚注

脚注作成および文責はすべて筆者。

  1. パンテオン:ローマにある神殿。現在の建物は2世紀前半に再建されたもので、直径約43mのドームは無筋コンクリートとしていまも世界最大級。 ↩︎
  2. ハドリアヌス帝:ローマ皇帝(在位117〜138年)。五賢帝の一人で、ブリテン島の「ハドリアヌスの長城」でも知られる。 ↩︎
  3. 八潮市の道路陥没:2025年1月、埼玉県八潮市の県道交差点が陥没し、トラックが転落して運転手が亡くなった事故。老朽化した下水道管の破損が原因とされる。 ↩︎
  4. ライムクラスト:ローマのコンクリート中に点在する、数ミリほどの白い石灰の塊。 ↩︎
  5. アドミール・マシッチ:MIT(マサチューセッツ工科大学)の土木環境工学の研究者。古代建材の研究で知られる。 ↩︎
  6. ホットミキシング:生石灰を消石灰にせず、火山灰や水と直接混ぜる製法。反応熱で高温になり、早く固まる。 ↩︎
  7. 生石灰・消石灰:生石灰(酸化カルシウム)は石灰石を焼いて作る。水を加えると発熱し、消石灰(水酸化カルシウム)になる。 ↩︎
  8. ポンペイ:79年のヴェスヴィオ火山の噴火で埋没したローマの都市。火山灰の下に当時の街並みがそのまま残った。 ↩︎
  9. 炭酸カルシウム:石灰石や貝殻の主成分。石灰を含んだ水が空気中の二酸化炭素と反応すると、沈殿して固まる。 ↩︎
  10. ポルトランドセメント:19世紀のイギリスで発明された、現代のコンクリートに使われる標準的なセメント。 ↩︎
  11. ウィトルウィウス『建築論』:紀元前1世紀のローマの建築家による、現存最古の建築書。全10巻で、建材や施工法も扱う。 ↩︎
  12. 東ローマ帝国:ローマ帝国の東半分。コンスタンティノープルを都に1453年まで続いた。ビザンツ帝国とも呼ばれる。 ↩︎
  13. ハギア・ソフィア:537年、東ローマ皇帝ユスティニアヌスがコンスタンティノープル(現イスタンブール)に建てた大聖堂。 ↩︎
  14. 暗黙知:言葉やマニュアルにしにくい、経験や身体に根ざした知識。哲学者マイケル・ポランニーが提唱した概念。 ↩︎
  15. ナポリ湾岸の火山灰:ナポリ近郊ポッツオーリ周辺で採れる火山灰。「ポッツォラーナ」と呼ばれ、ローマのコンクリートの要だった。 ↩︎
  16. 西ローマ帝国:ローマ帝国の西半分。476年に最後の皇帝が退位させられ、終焉を迎えたとされる。 ↩︎
  17. ブライアン・ウォード=パーキンズ:オックスフォード大学の考古学・歴史学者。『ローマ帝国の崩壊』で、帝国崩壊後の物質文化の衰退を示した。 ↩︎
  18. 『アサシン クリード ヴァルハラ』:ユービーアイソフトが2020年に発売したアクションRPG。9世紀、ヴァイキングがイングランドへ侵攻した時代を描く。 ↩︎
  19. ヘプターキー(七王国):5〜9世紀ごろ、アングロ・サクソン人がイングランドに築いた七つの王国(ウェセックス、マーシアなど)の総称。 ↩︎
  20. セント・オールバンズ修道院:ロンドン北方の大聖堂で、ノルマン期の塔にローマ都市ウェルラミウムの煉瓦が転用されている。 ↩︎
  21. ジョセフ・テインター:アメリカの人類学者。The Collapse of Complex Societies(1988年)で、複雑さの維持コストが社会の崩壊を招くと論じた。 ↩︎
  22. 満濃池:香川県まんのう町にある、日本最大級の農業用溜め池。8世紀初めの築造と伝えられる。 ↩︎
  23. 空海:平安初期の僧(774〜835年)。唐で密教を学んで真言宗を開いた。書、土木、教育にも足跡を残す。弘法大師。 ↩︎
  24. 笹子トンネル天井板崩落事故:2012年12月、中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落し、9人が亡くなった事故。 ↩︎
  25. 5年に1度の点検:笹子の事故を受け、2014年から橋やトンネルに、近接目視による5年ごとの定期点検が義務づけられた。 ↩︎
  26. 支保工:工事中、構造物が自立するまで一時的に支える仮設の支柱や枠組み。 ↩︎
  27. 就職氷河期:バブル崩壊後の1990年代半ばから2000年代前半、新卒採用が極端に絞られた時期。 ↩︎
  28. ジョセフ・ヘンリック:ハーバード大学の人類学者。『文化がヒトを進化させた』で、文化の蓄積が人類の進化を動かしたと論じた。 ↩︎
  29. タスマニア:オーストラリア南東の島。約1万年前の海面上昇で大陸から切り離された。 ↩︎
  30. 式年遷宮:定められた年ごとに社殿を建て替え、神体を移す祭り。伊勢神宮では20年に一度行われ、2013年に第62回を迎えた。 ↩︎
  31. 掘立柱:礎石を使わず、地面に掘った穴へ直接柱を埋める建て方。柱の根元が腐りやすい。 ↩︎
  32. 常若(とこわか):常に若々しく瑞々しくあることを尊ぶ、神道の考え方。 ↩︎
  33. 宮大工:神社仏閣の建築や修理を専門とする大工。 ↩︎
  34. 慶光院:伊勢にあった尼寺。歴代の住職が勧進で資金を集め、戦国時代に途絶えた遷宮を復興させた。 ↩︎
  35. 勧進:寺社の建立や修理のため、人々から寄付を募ること。 ↩︎

参考文献・参考サイト

論文

  • Seymour, L. M., Maragh, J., Sabatini, P., Di Tommaso, M., Weaver, J. C., & Masic, A. (2023). “Hot mixing: Mechanistic insights into the durability of ancient Roman concrete.” Science Advances, 9(1). https://doi.org/10.1126/sciadv.add1602
  • Vaserman, E., Weaver, J. C., Hayhow, C., Bergmann, K., et al., & Masic, A. (2025). “An unfinished Pompeian construction site reveals ancient Roman building technology.” Nature Communications, 16. https://www.nature.com/articles/s41467-025-66634-7

書籍

  • ブライアン・ウォード=パーキンズ『ローマ帝国の崩壊――文明が終わるということ』南雲泰輔訳、白水社、2014年(原著:The Fall of Rome and the End of Civilization, Oxford University Press, 2005)
  • Joseph A. Tainter, The Collapse of Complex Societies, Cambridge University Press, 1988.
  • Lynne C. Lancaster, Concrete Vaulted Construction in Imperial Rome, Cambridge University Press, 2005.
  • 南川高志『新・ローマ帝国衰亡史』岩波新書、2013年
  • ウィトルーウィウス『ウィトルーウィウス建築書』森田慶一訳、東海大学出版会
  • ジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた――人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』今西康子訳、白揚社、2019年
  • マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』高橋勇夫訳、ちくま学芸文庫、2003年

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